ベーシック・インカムとは日本語だと「最低限所得保障」といって、生けていける分の最低限のお金を全国民(お金持ちでも貧乏人でも)に渡しましょうという制度。何もしなくても食べていける分のお金は入ってくるため、働かなくても生きていけるのです。
生活保障に比べて、全国民に渡すのでいちいち受給の資格があるか審査するコストがかからず漏給、濫給といった問題はない制度です。全国民が受け取るので、生活保護のような受け取っていることが恥ずかしいということもないのです。また、働いた得た所得はベーシック・インカムに上乗せされるので、現在の生活保護のように働いている人のほうが働いている人より多くの所得があるという状態にもなりません。
そんな、社会的にはよいことづくめっぽい制度、これからの世の中の賃労働以外の多様化された労働(というより価値提供)のが広がる世の中(トフラーの『富の未来』にあるとおり、消費者はいまや生産消費者として多くの賃労働外の価値提供を行っていますね)には「あり」な制度なのかなとも感じられます。ウェブ上でただ働きで面白いコンテンツを作ったり、ブログとか口コミサイトで有用な情報を書いたりと価値提供している人が、将来を憂えずに同じように価値提供を続けるためにはこういった制度も必要でしょう。「ウィキノミクス」な世界には、ベーシック・インカムはマッチすると思います。
でも気になる点が何点か。
誰のお金でベーシック・インカムを払うの?
本書の中では財源の問題でできないというのはまやかしみたいなことが書いてありましたが、何もないところからみんなに渡すお金は生まれないでしょう(無理やり生むことはできますが、よいことはないと思います)。例えば地代からベーシック・インカムの財源を見たいな事が書いてありましたが、そうするならまずすべての土地を国有化する必要がございますね。住宅ローン減税の撤廃がまずできることだとあるので、究極的にはそうなのでしょうね。土地は所有せずにみんなで公営住宅に住みましょうと。
本当に労働へのインセンティブは保たれるの?
きつい労働など誰もやりたがらない労働はその分高給となるはずだとのことですが、農業が誰もやりたがらない仕事になったらそのようになったら?農業・漁業が誰もやりたがらないきつい職業でその分の高給の取れる仕事になったら、その分農作物の価格は上昇し、そうしたら生きていくためのベーシック・インカムも上昇し・・・ということになるのでしょうか。ベーシック・インカムって生きていくための必需品あまりが前提にあって、食べ物とか不足しないから考えることを放棄した上で必需品以上の経済活動のお金の動きで全国民食べていこうというよな感じを受けます。機械的に誰も労働しなくても農作物ができる、という世界なら安定的に生きていくための食料が供給できるのでよいのでしょうが。
最後に何もしなくても誰でも生きていける世界というのは将来を保障する所得というものが、人間価値の格差を生み出す重要な根源でなくなるのですよね。そうするとまた別の部分の魅力、つまりモテたりモテなかったりが人間としての格差の元になるのかなとちょっと感じました。
おしまい。
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